安西 先生 ダンク。 スラムダンク安西先生が無能なクズ監督である理由を徹底解説!

安西先生に学ぶ、人の力を120%引き出す方法

安西 先生 ダンク

旧単行本22巻にて、流川がアメリカ行きを打診しに安西先生の自宅を訪問した帰り、安西先生の奥さんから安西先生の過去について明かされるシーンがあります。 そこで、安西先生はかつて大学でバスケを教えており、その頃は白髪鬼 ホワイトベアードデビル と呼ばれるほど、システマチックなバスケをめちゃくちゃ厳しく指導する鬼監督だったことが明かされます 過去に白髪鬼と呼ばれていたということは作中序盤でも触れられていましたが。 そこで、2mの長身とそれに似つかわしくない運動能力で、将来を期待されていた谷沢という選手に出会い、安西先生は自分のバスケ人生の最後に、谷沢を日本一の選手に育て上げることを夢見ていました。 谷沢は、自身の能力に任せたプレーが目立ち、基礎を疎かにしがちな選手で、基礎ばかりやらせる鬼監督の安西先生に不満を持ち、黙ってアメリカ留学に行ってしまいます。 アメリカに行った谷沢からはほとんど連絡もなく、1年ほど経った頃、安西先生が谷沢のいるアメリカのチームの試合をビデオで見て、谷沢が全く成長していないことにショックを受けます。 それから数年後、誰もパスをくれず、黙ってアメリカに留学しておきながら成長できていない自分に嫌気がさしたのか、谷沢は薬物をやってしまい、アメリカで交通事故で亡くなってしまいます。 そのニュースを新聞で見つけた安西先生は、大学バスケ界から身を引きましたが、谷沢にかけた夢が宙ぶらりんのまま、バスケ指導者をやめる決心がつかないまま、やる気を失いつつ指導者を続けていたんです。 本人にやる気がないので、私立や強豪校には行かず、公立の弱小校の、湘北の監督として、たまにしか練習を見にこない、やる気のない監督を続けていました。 私立だと高名な自分を雇うのにかなりお金を出すかもしれないし、強豪校だとチームへの責任が重く、やる気を失っていた安西先生にとっては荷が重かったんじゃないですかね。 いずれ赤木がすごい選手になるとわかっていながら、自分に憧れて入ってきた三井がグレて練習に来なくなったのを知っていながら、たまにしか来ないスタイルを続けるほどにやる気を失っていましたが、谷沢を超える素質を持つ花道と流川が入部してきたことで、自分の手でもう一度、日本一の選手を育て上げるという目標ができ、名監督として復活したのです。

次の

あきらめたらそこで試合終了ですよ:スラムダンクの名言

安西 先生 ダンク

安西先生はバスケ部の監督しかやってないと思います。 安西先生は60歳を超えているように思うんです。 豊玉高校の金平監督 たしか32か33歳 が部員たち 16、17歳くらい に「俺の半分しか生きてない」といい、岸本が「あんたも北野さんの半分しか生きてない」といい、 北野と安西が大学の同期だということからのだいたいの予想で。 それに、安西が大学で監督をしていて、教え子の谷沢が「ほとんどヤクザだ」と思っていた時、すでに安西はスパルタコーチとして名将として《白髪鬼》の異名で知られてた。 ここでもう見た目からして50歳以上ではと思う。 ただしあの作品の登場人物は老けて見える率がかなり高いということも少し気にはなるけれど。 田岡41歳、高頭40歳だなんて・・。 反発した谷沢が勝手に渡米して5年後に死亡。 安西は大学を去り、そのあとにどれくらいの時間を置いたかそれほど置かなかったかはわからないけど、少なくとも三井が中3の時には変身後の姿ができあがった 心も体も丸々となった 状態で湘北高校にいて、その約3年後が桜木高1の夏、という感じですよね? そういうことからも、安西先生もう60はいってんじゃないかなと思います。 教員の定年は基本60歳。 安西先生が教員なら、まず定年のタイミングは超えているように思え、教員として湘北に入り再任用の期間に入っている可能性はあるけど、それでもバスケ部の指導のための特別非常勤職員としてなんじゃないかなと思います。 湘北は公立だから私立のような予算の余裕もなく、あのバスケ部の部費も微々たるものだと思いますが、強豪校のように部活動内容を充実させ成果を上げるためというよりも、現役の教諭にかかる負担を減らすために授業以外のことを補助をしてくれる人員は現実にもわりとあちこちで採用されています。 その報酬はそれこそ雀の涙ほどで、仕事としてわりにあうものではないけど、「ボランティア精神」と「好きだから!」ということでやっている人もいますから、安西先生もそういう人で、元は何かしらの教科をうけもつ教員として入ったのだとしても、もうバスケ部の監督しかやっていないか、あるいはそもそも教員ではなく非常勤職員としてボランティア同然かまさに道楽として監督をやってるかだと思います。

次の

心に響く!!安西先生の名言「あきらめたらそこで試合終了だよ。」

安西 先生 ダンク

『スラムダンク』 第22巻 所感 白髪鬼 ホワイトヘアードデビル と恐れられた当時の安西監督ですが、その才能を開花させるために厳しく指導していた谷沢が突如アメリカへ行くと姿を消してしまいました。 白髪鬼時代の安西監督• 指導の際は厳しく当たっていた安西監督ですが、やはりとても気にかけていたのか谷沢の行方や安否が心配になり、バスケ部のメンバーに頻繁に様子を確認していました。 「連絡はあるのか」 「手紙は来たか」 「一体誰をたよっていったんだ」 「ツテはあったのか」 その後、交流のあった友人に一つのビデオが届きました。 そこにはアメリカで試合に出ている谷沢の姿が映っており、谷沢が元気にしていることに安堵するバスケ部メンバー。 ですが、安堵はしたもののこのビデオを見た安西先生は感じます。 「まるで成長していない………」 このままでは谷沢がダメになると感じた安西先生はなんとか谷沢と連絡を取る手段を探します。 「帰ってこい谷沢!! 」 監督生活の最後に日本一の選手に育て上げるつもりだったという安西監督。 連絡のあったメンバーに連絡先を確認しますが、以前として行方はわかりません。 さらにはアメリカの大学にも姿を見せなくなった谷沢・・・。 その記事とは・・・ 「米で邦人留学生激突死 谷沢龍二さん 24 」 この記事にショックを受け、谷沢の墓参りに行った安西監督はそこで谷沢の母に会います。 そして谷沢の手紙を受け取ります。 日付は4年前。 手紙はしたためたものの出せなかったのでしょう。 その手紙にはアメリカでの苦労と安西監督の言葉を思い出すという内容が書かれていました。 誰も自分にパスをくれないとも。 でも先生やみんなに迷惑をかけて、おめおめと帰るわけにはいかないのでもっと頑張ってみると書かれていました。 そして最後にこんな言葉も書かれていました。 安西先生の思いも、それを知った谷沢の気持ちも、それを受けてなお頑張ろうと努力したことも。 少しずつのすれ違いで不幸な結果になってしまいましたが、二人の思いは遅くなったものの通じたのが救いですね。 そして、そのときの安西先生の谷沢にかけた夢は今の湘北バスケ部に受け継がれていきます。

次の