今そこにいる僕。 今、そこにいる僕

【67.8点】今、そこにいる僕(TVアニメ動画)【あにこれβ】

今そこにいる僕

概要 [編集 ] ギャグ作品を得意とするが(本人曰く「ギャグは渇望しないと生まれないため」)ギャグを一切封じ、アニメで軽く扱われすぎている戦争をきちんと描いてみたいと思い、アフリカの内戦によって生み出された少年兵士を参考に、別世界の闘いが日常になっている状況に飛び込む作品。 世界観 [編集 ] 世界観に関する設定や解説などを大幅に簡略化しており、遠い未来の地球のどこかであるという、漠然とした舞台設定(物語の冒頭で「こんなにももろく~百億年の年月だから~」というセリフがあるものの、定かではない)である。 荒廃し切った大地、異常発達した動植物、軍事などの一部目的に特化したハイテクノロジーなど、物語の各所で垣間見える要素が、現代とは異なる環境たる所以である。 クリエーター [編集 ] 暴力描写の数々は、それまでの作品とは全く異なる作風である。 また彼の作品の多くがそうであるように本作にもが参加していて、狂王ハムドを演じたの予告編の脚本を書いている。 、、など、の有名クリエイターが多数参加している。 特に、平松、大塚とはこの作品を境に大地と仕事をともにする機会が顕著に増えた。 また、、、、、といった、大地監督と交流を持つアニメーター達も本編の作画作業にたびたび参加している。 本名は「松谷 修造」。 を習っている正義感の強い元気な性格の中学生の少年。 元は現代の日本で暮らしていたのだが、ララ・ルゥと出会ったのをきっかけに彼女とアベリア一派の捕り物に巻き込まれてヘリウッドに連れてこられる。 キャラクターのモデルは『』の。 ララ・ルゥ 声: 本作のヒロイン。 外見は幼い少女だが、人間では無い何らかの伝説的な存在で、本人曰く「シスより何万倍も生きている」「親は元からいない」とのこと。 ペンダントを用いて自らの命を削って水を生み出すことが出来るためヘリウッドに狙われていた。 普段は寡黙に徹している。 夕陽を見るのが好き。 かつては人間の為に水を出したことがあったが、初めは感謝しながら次第に出すのが当たり前になって横暴な態度を取り、挙句の果てに争いすら始める人間に辟易するようになった。 人違いと判明した後も解放されずに兵士を産むための慰安婦にされしてしまった。 後に兵士一名を殺害して脱走し砂漠を放浪して、ザリ・バースの住人に救助される。 自らの悲境の契機となったララ・ルゥを憎悪し、結果的に無力な気休めを言ったシュウにも非難を浴びせる。 最初は金髪のロングだったが、脱走した時には自らナイフで髪を切りショートヘアになっている。 ナブカ 声: ヘリウッドの少年兵の一人。 幼い頃にヘリウッドの少年兵狩りにあって故郷の村から引き離されており、それ以来、ハムド王の命令に忠実に従うことこそが、自分達に残された唯一の道と自分に言い聞かせて生きており、不本意ながらも非道な軍事作戦に参加し続けている。 己の正義感に従って行動するシュウとは、幾度も対立を起こすも、一人の人間としては共感を感じてもいる。 ブゥ 声: ヘリウッドの少年兵の一人。 ナブカを慕っているが、シュウにも理解があり、彼の逃亡に手を貸す。 タブール 声: ヘリウッドの少年兵の一人。 ナブカとは同郷で、同じ悲劇を味わいながらも、武力と権力で欲望のままに生きるハムドの生き方にあこがれており、未だ過去の苦しみを引きずっているナブカの姿勢に苛立ちを深めている。 実は故郷の村が完全に抹殺されていることを知っており、穏やかな過去の生き方を完全に捨てて権力の階段を上ることばかり考えている。 ハムド 声: ヘリウッドの狂王。 己が権勢を取り戻すためとあらば如何なる犠牲をも厭わず、敵国の民は勿論自国の兵士すらも目的のためには容赦無く殺戮する。 自身への暗殺計画を実行した刺客達がザリ・バース居住者と判明した後は同地の殲滅を企図する。 極度の興奮状態に達してに陥ったり場面がしばしば見受けられる。 敵はおろか、自分にとって役立たない者や無関係な人々さえ全てを存在に値しないゴミ同然のシロモノとしか思っておらず、わが身の安泰と日々の欲望を遂げることしか考えていない。 精神的小児病患者とも言うべき異常者。 ただ、生まれと教育の結果か、ハイテク軍隊の運用理論や戦略に精通しているため、軍人としては標準以上の能力を持っている模様。 アベリア 声: ハムド王の側近で軍のトップ。 主君一途の忠臣。 ハムドに対して忠実だが、主君がしばしば見せるエキセントリックな言動に不安と戸惑いも見せる。 カザム 声: ヘリウッドの兵士。 サラが相手をさせられた兵士の一人だが、ほかの兵士と違い彼女を恋い慕っている様子があり、ヘリウッドでのひたすらな破壊と殺戮の日々に鬱屈を感じ始めてもいる。 ザリ・バースに潜入した際にはサラにザリ・バース襲撃の計画を知らせて一緒に逃げようと呼びかけたことがある。 エランバ 声:山本密 ザリ・バースの住人で反ヘリウッドの過激派のリーダー格。 ヘリウッドに両親を焼き殺され、体の弱かった妹もさらわれた挙句に足手まとい扱いされて捨てられ死に追いやられた為に人一倍ヘリウッドを憎み、目的のためなら手段を選ばないばかりか、非協力的な人間にさえ憎しみを向けるようになっている。 スーン 声: ザリ・バースに住む女の子。 母がヘリウッドにさらわれたのをきっかけに父は過激派の暗殺者として任務に向かったまま消息不明となり、シスに預けられた。 ララ・ルゥを「ラーラ」と呼び慕っている。 シス 声: ザリ・バースで子供たちの面倒を見ている肝っ玉母さん。 頑なな対決姿勢で無用な敵意を買うことで村を危険に晒したくないとの思惑から、過激な反ヘリウッド主義に走る住民達を説得し続けているが、これによってエランバの憎悪を受けてしまう。 スタッフ [編集 ]• 企画 -• プロデュース - 隈部昌一、森尻和明• 監督 -• 助監督 - 、則座誠• シリーズ構成・脚本 -• キャラクターデザイン - 大泉あつし• コンセプトデザイン - 山﨑健志• 総作画監督 - 西野理恵• 美術監修 -• 美術監督 - 野村正信、益城貴昌(第2話、第3話、第5話-第13話)、京田邦晴(第4話)• 美術設定 - 佐藤正浩• 色彩設計 - 秋山久美• 撮影監督 - 斉藤秋男• 編集 - 松村正宏、芝関美和子(第2話-第13話)• 音響監督 -• 音楽 -• 効果 -• 録音 - 名倉靖• 音響制作担当 - 白崎恵理• 音楽プロデューサー -• 音響制作 - アクアトーン、• 録音スタジオ - アバコクリエイティブスタジオ• サウンドトラック -• 制作プロデューサー - 福良啓、松嵜義之• 特別協力 -• 製作 - AIC・ 主題歌 [編集 ] オープニングテーマ「今、そこにいる僕」 作曲・編曲 - エンディングテーマ「子守歌... 「今、そこにいる僕 サントラ」(1999年) DVD [編集 ]• 「今、そこにいる僕 Vol. 1」(1999年)• 「今、そこにいる僕 Vol. 2」(2000年)• 「今、そこにいる僕 Vol. 3」(2000年)• 「今、そこにいる僕 Vol. 4」(2000年)• 「今、そこにいる僕 Vol. 5」(2000年)• 「今、そこにいる僕 TV-BOX」() 脚注 [編集 ]• 外部リンク [編集 ]• - (2013年8月31日アーカイブ分) 木曜19:00枠 前番組 番組名 次番組.

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static.xtreeem.com: 今、そこにいる僕: 岡村明美, 名塚佳織, 仲尾あづさ, 今井由香, 小西寛子, 陶山章央, 石井康嗣, 安原麗子, 大地丙太郎, 倉田英之: generic

今そこにいる僕

中文名: 此时此刻的我• 话数: 13• 放送开始: 1999年10月14日• 导演:• 脚本:• 分镜: 、、、、、、、、• 演出: 、、、、、、、、、• 音乐:• 人物设定:• 系列构成:• 美术监督: 、• 色彩设计:• 总作画监督:• 作画监督: 、、、、、、、、、、、• 摄影监督:• 原画: 、、、、、、、、、、、、、• 背景美术:• 主题歌编曲:• 主题歌作曲:• 企画:• 音响监督:• 背景设定:• 补间动画: 、、• 友情協力:• 动画制作:• 美术设计:• 副导演: 、• 别名: Now and Then, Here and There• 别名: 此时此地的我• 别名: 超时空幻境• geneon-ent. 播放电视台: WOWOW• 播放结束: 2000年1月20日• コンセプトデザイン: 山﨑健志• 美術監修: 加藤浩.

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今そこにいる僕

「信長の忍び」や「十兵衛ちゃん」で、軽やかなギャグアニメ監督と思っていた大地監督の手がけた、 ド・シリアスアニメです。 お願いですから、見始めたら最後まで、シュウの奮闘を『諦めずに』見届けて下さい。 人類が滅亡の危機に瀕している未来世界に、主人公シュウが巻き込まれるところから始まりますが、 とにかく、全編にわたって容赦ない描写が繰り広げられます。 いや、正確に表現するならば、当たり前の事が当たり前におきる物語です。 人が撃たれれば血を流して死ぬ、独裁者がすべてを掌握している世界に救いは無い…等々を、 独特のシンプルな作画で、唯々淡々と描いています。 極めて健康的な精神をもつが何の力も無い主人公のシュウと、絶対的な権力をもつ狂気の支配者ハムド様。 二人の対照的なキャラクターには、魅力的な美女や美少女達が様々な形で絡み、そして…辛く美しい結末が訪れます。 私には、大地監督版『未来少年コナン』に見えました。 貴方には、どう見えるでしょうか? 本当におじゃる丸の監督なのかってくらいどシリアスなアニメです。 鬱アニメと言われていますが、他の方もレビューで言われてますとおり教訓になるし、感動しました。 本当に最後まで観て良かったと思えるアニメでした。 ですが、鬱アニメと言われてるだけあり精神的にダメージを受ける描写は数々あります。 キャラもダメージを受けて、視聴者もダメージを受けると… 私も途中余りにもハムド様がクソなので胃が痛くなってきました 笑 とくにこのアニメ最大の被害者サラの話はかなり観ていて辛かったです。 でも、最後はよかった…本当にサラは子供達と幸せに暮らしてほしいと切に願っています…!! しかし、少し残念だと思ったのはラスト。 シュウが帰った後どう数日過ごしていたのか等とくにないので、できればあって欲しかったです。 帰った後は放置した荷物をとって、空を見上げるだけ。 あの過酷で壮絶な日々を送ったシュウが、平和な現実 日本 に戻り、どう感じ、過ごしていたのか気になったのですが…ちょっと残念に思いました。 避けることは出来ない。 今この時でもこの作品の様な事がどこかで起きていると思うと辛いです。 『何のために争うのか…』『何が人をそこまで変えるのか…』『いつになったらこの世界に平和な日々が訪れるのだろうか…』 シュウが最後に見つめる視線の先には何が写っていて何を思ったのだろうか。 これだけ素晴らしい作品があまり知られていないのは少し残念であり、もっと多くの人に見てもらいたい作品です。 大切な人たちを失なっていくにつれ少しずつ変わっていくシュウ。 この作品の重いテーマ 戦争 の中でこどもたちが犠牲になるのはとても辛いですが是非見てほしい、映画化にしてほしいほどの作品です。 12話のラストから最終話は覚悟の上で見るのが一番でしょう。 とにかく凄いです。 この作品が問いかける『もの』がどれほど大きいかを必ず知るはずです。 そこがお前のいるところだ…」は、すごく心に響きます。 この暗い世界観の作品の中に奏でられる岩崎琢の素晴らしい音楽たちは唯一の救いでしょう。 エンディング曲の安原麗子の『子守歌... 』がとめどなく良いです 涙。 こういうことも含めて全てが本当にお勧めです。 個人的に2000年以降のアニメでトップ3ぐらいに強烈に印象に残った作品です。 監督はギャグと人間ドラマに強い大地監督、その監督作品の中でも異端な位置づけでしょう。 クリエイターとしての誠実さがにじみ出る作品でもありますが。 言ってしまえばこの作品は、アニメやその他メディア作品で綺麗にパッケージングされエンターテイメント化された戦争劇というものを、そのものずばりで少年兵・少女慰安婦・民族浄化等という夢も糞もない現実路線で創作されたものです。 ゆえに主人公シュウも「明るく快活」で行動力もあるのだけど、現実に次々と打ちのめされていきます。 この圧倒的な無力感。 しかしこのアニメ的主人公の無力感こそ、書くべきである、という当時の大地監督の判断でしょう。 「大丈夫だよ!」とシュウは叫びます。 それは子供の快活な励ましの言葉では最初あるのですが、サラの自殺未遂のシーンでは「どんな時でも希望だけは捨てないでくれ」という懇願、あるいは祈りに変わります。 アニメ的に主人公キャラであるシュウにこう言わせるのは、「主人公が大丈夫と言ったから助かりました!」という筋を書きたくないからであり(書けば嘘になる)、また、それでも、どんな時でも「大丈夫」と希望を唱えてほしい、というアニメなど創作作品が本来受け持ち、訴えるべき未来への一縷の希望を訴えたいからでしょう。 私たちはパッケージングされすぎた作品にどっぷり漬かることで、最近は「きついトラウマ劇」は「きついトラウマ劇だなー」としか思いませんし、「敵をぶっ倒して爽快、でもちょっと悲しい戦争ドラマ」は「敵をぶっ倒して爽快、でもちょっと悲しい戦争ドラマだなー」としか思いません。 そうしたものに対する過去からの矢であるとしたら、本作は現在でも相当有効ではないかと思います。 私ははだしのゲンやアニメ対馬丸をリアルタイムで見た層ですが、少なくともそうした意味での戦争アニメを2000年代に復興した意味は十分あると思います。 はっきり言えば見て楽しいアニメではありません。 けど見れば影響を否が応にも受けざるを得ないアニメです。 ある程度の覚悟をもって、それでも見ることをお勧めします。 私は見て良かったと思いました。 かなりマニアックな作品ですが、良作です。 「荒廃した世界」 「戦争によって次々と殺される罪のない人々」 「キャラへの容赦のない虐待」 「何も出来ずに終わった個人の限界」 を描いた作品です。 まず一言。 一周だけではわかりません。 辛い話ですが何周かして、その描写の細かさに感銘し、納得できる作品です。 批判レビューの殆どがアニメ本編で暗に説明されている部分でもあります。 主人公のシュウは、「争いたくない」「傷つけ合いたくない」という信念を持っていますが 結局のところ、個人の力では何も出来ません。 今までの「異世界巻き込まれ型主人公」と違うのは、勇者ではない点です。 あくまで一般人、「傍観者視点」なのです。 対極にあるハムドは、狂人です。 悪役としての立場を貫いていて、ある意味スッキリしたキャラと言えるでしょう。 この作品の凄いところは、悪役を倒す勇者の物語ではない事。 理想を掲げても、個人の力では何も出来ない現実。 そういった、嫌になるほどのリアルを兼ね備えた物語です。 独裁者の手から自由を取戻しはしましたが、世界は荒廃されたまま。 暴力を受けて身体にも心にも傷を持ったキャラが残され、ヒロインの消滅。 やるせない辛さと憤りを残して物語は終了します。 批判レビューを書いておられる方は、そういう「辛さ」「歯痒さ」が気に入らないのだと思いますが この作品でそういう感情を持つのは当然であり、それを感じさせる物語だったのですから 制作者の意図は間違いなく伝わっていると言えるでしょう。 全体的な感想として、もはやあまりの話しの奥深さに、ただただあ然…そんなかんじ… 見ている最中は、みなさんおっしゃる通り、激しいトラウマに襲われるが、なぜか不思議と見終わったあとはすっきりした気持ちになった。 なんでだろう… 唯一、わかった答え… それは、鑑賞した人を間違いなく悲しみのどん底に突き落としたサラの件… 自分がもし女性で、実際サラの立場だったら? 身ごもった子どもに対し、どういう感情を抱くか…? 正直…素直に喜べないだろう…そう思った… けれど、シスが最後に言った、 『憎まれるために、生まれてくる子なんていない』 この言葉が、サラを救い、サラに対する鑑賞者の曇った心を晴らし、そして何より、我が子に対する自分自信の考えの愚かさに気づかせてくれた… 唯一わかった、この物語の伝えたいこと。 当たり前かもしれないが、すごく大切なことを、学べだ。 物語の解読能力に富んだ人ならもっと多くの『この物語の伝えたいこと』に気づくと思う。 そして、それを学べるはず。 まぁ結局のところ、強制的にでも全国民が見るべき。 キャラクターの性格が気に入らないとか、そんな話しは別のアニメでしてくれ。

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