ソーシャル ジャスティス ウォリアー。 TSUTAYAスタッフのSNS炎上から考える、ネットにまつわる問題点 モバプリの知っ得![82]

ソーシャルジャスティスウォリアー

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米国ロードアイランド州で、 ヨガパンツを批判した男性への抗議デモがありました。 事の発端は、アラン・ソレンティーノさん(63歳)がバーリントン・タイムズ紙に出した書簡です。 ちなみに 私もヨガ行くときはヨガパンツ履いてます。 ヨガパンツ騒動の経緯 男性の出した書簡(原文まま)の引用はこちら。 "Not since the mini-skirt has there been something worn by so many women who would never have it on in the firstplace. Yoga pants can be adorable on children and yound women who have the benefit of nature's blessing of youth. However, on mature, adult women there is something bizzare and disturbing about the apperance they make in public. " "Yoga pants belong in the yoga studio. What's next? Wearing a 'Speedo' to the supermarket? Imagine if men did that. Yuck! '" 男性は、ヨガパンツを tacky and ridiculous=不快で見苦しく、ばかげた格好(ロイター訳)と批判しました。 ヨガパンツは 「子供たちや未成年の子たちが履くなら可愛らしいが、成人した女性が公衆の場で履いているのは異様だし見ていて不快だ」ということを言っています。 さらに 「ヨガパンツはヨガスタジオで履くものだ。 お次はなんだ?スーパーに海水パンツでも履いて行くのか?男性が海水パンツを履いてスーパーに行くところを想像してみてほしい。 気持ち悪いだろう!?」と言っています。 ちなみに男性はミニスカートも履くべきではないという考えらしく、ヨガパンツはミニスカート以来の不快な洋服と考えているようです。 これに反応したヨガパンツ愛好者のアメリカ人女性たちが、ソーシャルメディアを通じて集まり、 「平和的なヨガパンツ・パレード」を催し、アランさんの自宅の前を通りました。 We wear what we want. 私たちは着たいものを着る と言ってアランさんに抗議しています。 さらにアランさんは脅迫状や脅迫電話を受けているとのこと。 アランさんは自身がゲイの男性であることをカミングアウトしてから何年も脅迫をされてきたそうで、今回ヨガパンツを非難したことからも同様の脅迫を受け取っているということです。 パレードに参加している女性たちの言い分。 It's OK if you're 20 and gorgeous to wear yoga pants, bud don't do it if you're older and lumpy and bumpy? 二十歳でゴージャスならヨガパンツを履いていいのに、二十歳以上で体にアラが出てきたら履いちゃダメなんておかしい。 This is NOT a hateful protest against Alan. This a wonderful group of people celebrating our bodies and our right to cover them however we see fit. これはアランに対するヘイトデモではありません。 私たちは、自分の体を愛し、着たいものを着る権利を守る有志の集まりです。 アメリカのヨガパンツ事情 ヨガパンツ、皆さん履いてますか。 私はヨガに行くときはそのまま履いて行っちゃいます。 車なので駐車場と店の出入りぐらいなので、ほとんど人目につくことはありません。 家に帰ったらそのままヨガパンツを履いたままだったりもしますが、外出するときは着替えます。 原則、わたしたち夫婦間のルールで、ヨガパンツ(スパッツ・レギンス)での外出は禁止されています。 そう、ヨガパンツで公共の場に出ることを旦那が許してくれないのです。 もともと旦那がコンサーバティブだからかもしれませんが。 ヨガパンツを履くと体のラインがくっきり分かってしまいます。 女性は気付いていないかもしれませんが、局部の割れ目もよく見えちゃってるんです。 お尻の形もくっきり。 ちなみに局部の割れ目のことを英語で camel toe (ラクダの爪)といいます。 なんでラクダのツメというかはの記事を参照ください。 スポーツブランドのしっかりとした厚手のヨガパンツならまだしも、アメリカではチープなスパッツみたいなのを履いている人も多いです。 そうすると下着のラインもくっきり見えます。 結構ボリュームのある人がチープなスパッツを履いてたりすると、パンティの柄からソング(Tバック)を履いていることまで、しっかり見えてしまうのです。 そしてアメリカはボリュームのある人が多いです。 そのため、生地がミョーンと伸びてしまい、かなりの確率で、皆さん中が見えてます。 こうしたこともあって、男性目線から、旦那は私にヨガパンツを外で履かせてくれません。 最初は「うるさいなー。 着たいもの着させてよ!」と思ってましたが、旦那の本心を理解したのと、アメリカ人女性のヨガパンツ姿をみてハッとしたので、素直に従っています。 同様に胸元が見える服も禁止です。 他の男性に見られるのがダメということもありますが、彼の言葉では Nobody would respect you. リスペクトされない とか Nobody would take you seriously. 軽視される、軽く見られる と言うことです。 私はこの彼の考えに納得しているので、素直に従っています。 つまり私の旦那もアランさんと全く同じ考えを持っています。 ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアーにウンザリ 少し前にしているという記事を書きました。 炎上記事なんじゃないのっていう人もいましたが、記事を全部読んで頂ければそうではないことが分かってもらえると思います。 炎上もしてませんし、共感コメントもいくつか頂きました。 今回はゲイマフィアではなく、ソーシャル・ジャスティス・ ウォーリアーです。 結論から言うと今回もウンザリしています。 ヨガパンツが見苦しいって言われたって、別に批判させとけばいいじゃないの。 言われようが言われまいが、ヨガパンツ履くんでしょ?着たいものを着る!って自分たちで言ってるんだし。 女性たちが「着たいものを着る」権利があるように、この男性にも「言いたいことを言う」権利があります。 (アランさんはパレードの時、自宅に「Free Speech」というバナーを貼っていました。 ) しかしアランさんは脅迫を受けただけでなく、ご家族、ご友人、ご近所の人たち、そしてアランさんのパートナー(アランさんはゲイ)も、パレードの時は家から離れて避難していたそうです。 パレードに参加している女性たちは、アランさんの言い分を「若い女性ならOK、年取ってきたら醜いからダメ」みたいに受け取っているようでした。 でも私はそうは受け取りませんでした。 ヨガパンツは子どもなら可愛いけど、いい年した「大人の女性」が公衆で着るにはカジュアルすぎる。 成人した女性なら身に着けるものに思慮分別を持つべきだというふうに解釈しました。 人前にでるときは、恥ずかしい格好をするなと。 見苦しい格好をするなと。 アランさんは、ヨガパンツの代わりにジーンズやパンツを履くべきだと言ってますし。 アランさんのヨガパンツ批判をウーマン・エンパワーメントに結びつけるのは、いささか強引ではないでしょうか。 実際に多くの男性がヨガパンツを履いてその辺を歩いていたとしたら、局部がくっきり見えてしまって、目のやり場に困りませんかね。 それが子どもなら許せますけど、成人した男性だったらどうでしょうか。 嬉しいような、気まずいような。 いい大人が局部の形がバッチリ見える格好をしていたら「見苦しい」と思いませんか。 同じ空間にいたらきっと居心地が悪くなりますよね。 男性がやったら、間違いなくセクハラ案件になると思います。 アランさんの言いたいことはそこなんだと思う。 概してアメリカは服装がカジュアルだから、「一体なんてもん着てるんだ?」と目を疑うような格好をしている人もいる。 露出が激しい女性も多い。 さらには若作りしまくりというか、年齢に逆らって40代、50代なのに10代や20代のような格好をしている人が多いんです。 私が見た仰天スタイルは、ディズニーランドで80歳くらいのお婆さんがカリフォルニアのサンサン太陽を80年も浴びてシミだらけ&シワッシワな胸元をあらわに、20歳の子が着るようなホルターネックとショートパンツを着ていた時です。 確かに好きなものを着る権利はありますが、正直「み、見苦しい!」と思って目を背けました。 こうしたことも手伝って、私はアランさんの言い分を「年齢に相応しい presentable な格好をしなさいよ」というふうにも受け取っています。 Grow up! (大人になれ) とも言ってますから。 それにアランさんには言いたいことを言う権利がある。 それなのに 脅迫状を受けているアランさんの自宅の通りを「平和デモ」と称して練り歩くソーシャル・ジャスティス・ウォーリアーにはウンザリです。 もうさぁ、 アメリカ人(20代~60代)男性も一斉に透けそうなヨガパンツ履いて「平和ヨガ・パレード」って言って練り歩いたらどうかなあ。 「私たちも着たいものを着る!」って言って。 oclife.

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「不謹慎狩り」引き起こすソーシャル・ジャスティス・ウォリアー 長谷川京子は謝罪に追い込まれた

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Quilletteというサイトに掲載された記事を紹介。 「社会正義左翼とオルタナ右翼:我らの分断された新世界」 by ベン・シックススミス あなたが猫の写真や料理のレシピやヌード写真以外のことをインターネットで調べた経験があるなら、現代政治における2つの極端な運動を知っているかもしれない。 どちらの運動も大半はインターネットで行われており、左翼と右翼のの主義的な要素( identitarian elements)を極端な形で体現している。 どちらの運動も、文化戦争を本気で行おうとしているのだ。 先に登場したのは社会正義左翼の方だ。 社会正義左翼は反-人種差別的な関心と・LGBTQ的な関心を融合させたものであり、特定の一貫したや政治運動ではなく、もリベラルも含まれている。 その左翼的な要素は西洋における革命の可能性の無さに幻滅した的な傾向を体現しており、ルディ・ドゥチュケが「制度内への長征」と呼んだものを追求している。 だが、資本家階級がその運動を包摂する可能性こそが、社会正義運動をこれ程までに普遍的にした要因なのだ。 ローリー・エルウッドが論じたように、企業には移民や女性の労働を支持する財政的なインセンティブが存在している。 …そして、重要なことに、それを言っている人が企業の重役で大富豪であったとしても、進歩的な社会的意見を主張する人はクールで的に思われるのだ。 人種、、に関する文化的な態度が変化していったにつれて、社会正義運動は反-直感的になって、より過激になっていた。 クリスチャン・ニーミエッツは、この傾向は「ネスの経済学」を反映していると論じている。 進歩的な意見を持つことで得られるステータスはその進歩的な意見が普及して標準化するにつれて失われていくから、進歩的な意見を支持する人がステータスを維持するために進歩的な意見の基準はより過激になり続けなければならない、ということだ。 ジァーメイン・グリアはかつてはカウンタカルチャーのアイコン的な人物であったが、今の人々の趣味からするとあまりに退行的であると見なされている。 社会正義運動を過激に体現する人々は、愛情と軽蔑の両方を込めて「ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアー( social justice warriors, SJW)」と呼ばれている。 年長のSJWの多くはジャーナリストや大学関係者であり、若いSJWはキャンパスで抗議をして に投稿をする学生である場合が多い。 オルタナ右翼の方を見てみよう。 「オルタナ右翼」は、マイノ・ヤノプロスやポール・ジョセフ・ワトソンに代表されるような主義的な要素から や The Right Stuff といったウェブサイトに集まっている白人の集団まで、それぞれに異なる様々な要素に対して包括的に適用される単語だ。 オルタナ右翼の代弁者にはから者までが含まれているが、彼らは的な層に対する憎しみを共有している。 そして、くどい話と怒鳴り声のために不人気だった過去の右翼たちの轍を踏まないこと、より若くてテクノロジーに精通した聴衆たちに幅広くアピールすることを望んでいる。 や subreddits といったサイトで行われた的な勧誘のおかげでメンバーが増えたために、オルタナ右翼は活気づいた。 オルタナ右翼に勧誘されたのは、大半は白人であり男性である若い成人たちだ。 彼らは、批判的で侮辱的な動画やや罵詈雑言をジャーナリストや政治家たちに浴びせかけたのだ。 オルタナ右翼の内のかなりの部分が、社会正義左翼に対する反応として発展したものである。 社会正義左翼の所業…アニータ・サーキージアンによるに登場する女性の悪名高い分析に代表されるようなの政治化、社の共同創設者であるブレン・アイクがに反対したために会社から追い出された事件に代表されるような口やかましい批判、などの所業に対する反応である。 また、「トリガー警告」や「セーフ・スペース」といった名を末代まで残すことになった、社会正義左翼の過敏症に対する反応でもある。 若い男性たちは文化戦争に加わり始めて、的でヒステリックに見える人々に対して喧嘩を吹っかけるようになった。 彼らは政治的な意識を発展させたのだ。 若い男性たちは昔から冷笑的であったのは明白だが、全ての物事が攻撃的・侮辱的(offensive)であるという概念が、何事も攻撃的・侮辱的ではないという考えを生み出してしまったのである。 ハロウィンの仮装やミュージックビデオには「問題のある」要素が含まれているというユーモアが欠如していて過剰な分析や、些細で馬鹿げた「マイクロアグレッション」が増え続けることに直面した若い男性たちは、人々に「(訳注:トラウマを引き起こす)トリガーを与える」ことにひねくれたプライドを見出すようになった。 そして、適切な行動についての理に適った指針も気にせずに、彼らは攻撃的で露骨になり続けているのである。 オルタナ右翼の中の白人派閥はを大きく強調して論争しているが、それも社会正義のレトリックから着想を得たものだ。 ソーシャル・ジャスティス・ウォーリアーたちは、自分たちは白人の特権や性差別や規範性に反対していると自称しているが、実際には彼らは単に白人や男性や愛者に反対しているように見えることが多い。 好むと好まざるとに関わらず、自分のような人間がハイヒールで踏み潰されるビデオをのレナ・ダナムが投稿するのを目にした者の白人男性は、性や白人性や男性性をより熱心に受け入れるようになるだろう。 皮肉なことに、 社会正義のロジックは極右にとって好ましい結論も導いてしまう。 例えば、者たちは白人男性たちが不当に多くの権力と財産を手にする地位にあることを強調して、この現象は単なる偏見と身内贔屓によって説明できると言い張る。 だが、彼らの論敵も、者たちと同じ思考の道筋を辿ってユダヤ人たちにその論法を当てはめるのだ。 と差別に対するこの異常なまでの集中は、悪質なの口実を右翼に与えてしまったのだ。 SJWとオルタナ右翼が共有しているのは、自分は社会の本当の闇を知らされた、という感覚である( SJWは「目覚めた」と言い、オルタナ右翼は「赤い薬を飲んだ」と言う)。 多くの人々にとっては、その感覚は未発達で的ではない感覚であり、大して機能しない。 だが、別の人々に対しては、難解で曖昧な研究に偏向を引き起こして、論争的で奇妙ですらあるをもたらしてしまった。 左翼たちはファッショナブルな社会批判理論を内面化していったし、オルタナ右翼たちはや擁護論といった奇妙な分野に突入していったのだ。 最近では、どちらの運動も内紛に突入している。 左翼は「・ポリティクス」を疑問視するようになったし、一部の左翼は今回の大統領選挙に負けたのも・ポリティクスのせいだと考えている。 一方で、オルタナ右翼の中でも的な派閥は、自分たちの人種主義的な仲間が備えている主義的な性質を批判している。 これらの議論のニュアンスを見失いたくはないので書いておくが、SJWとオルタナ右翼のどちらの反応もややナイーブである、と私は考える。 どちらの運動も、盛り上がることもあれば盛り下がることもあるだろうが、彼らの主義的な考えは残り続けるだろう。 「・ポリティクス」は何もないところから起こるのではなく、が不安定で危機に晒されている時に起こるのである。 多くの場合は匿名である様々な アカウントや チャンネルの背後には、自分たちを生み出した文化に対して敬意をほとんど持たず未来への希望もほとんど持たない若者たちがいるのだ。 ネット上の若者たちの他にも、SJWやオルタナ右翼という単語を耳にしたことがない何千万人もの人々が、移民や貿易や戦争や文化という問題を巡って痛烈に争っている。 彼らは異なった存在かもしれないが、そのどちらもが、つかの間のトレンドやよりも長続きする社会の原子化と不安によって生み出された存在なのだ。 : 訳注:ルディ・ドゥチュケの参考サイト 上の記事から引用:"彼は、社会の機構の完全な一部となることにより、政府や社会の中から過激な変革を実現するという「制度内への長征」(long march through the institutions)を提唱した" : 訳注:"包摂 subsummation"は経済学的な用語のようだ : : : : 訳注:グリアはであるが、に関する発言が顰蹙を買ってや左派から嫌われてしまったようだ : 訳注:アニータ・サーキージアンはGamerGate事件の被害者としても有名 : : 訳注:調べたけどビデオの詳細はよく分からない : 訳注:「赤い薬」は『』由来の : : DavitRice.

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TSUTAYAスタッフのSNS炎上から考える、ネットにまつわる問題点 モバプリの知っ得![82]

ソーシャル ジャスティス ウォリアー

私自身もその一端を担ってしまっているかもしれない「ソーシャルジャスティスウォリアー」なる存在。 まぁ日本的な言い回しをすれば「ネットで正義感を振りかざす者」ということになるんでしょうか。 SNSの利点とも弊害とも言えることですが、著名人が自ら発信し彼らの行動が逐一流れてくる世の中になりました。 ブログ、Twitter、facebook、Instagramなどなど。 いい意味では著名人が親近感を持てる存在になったと言えますが、悪い意味では垣根が低くなったと言えるでしょう。 私のような小市民が例えばTwitterで呟いたところで、そうそう世の中に大きな影響を与えることはありません。 デマ・グロ、そんな類のものを発信しないかぎりはほとんどが「独り言」で済みます。 しかし、著名人が何気なく発した一言、普通に掲載した一枚の写真。 たったそれだけのことでSNS民は大騒ぎします。 賞賛されているうちはまだマシですが、一歩間違えば「売名行為」、「現実をわかっていない」との炎上騒ぎ。 まぁ最近ではわざと炎上を仕掛ける著名人もいますが、それは例外ということで。 中森明夫氏だったような記憶がありますが、 「著名人というのは一瞬で大きなものを得られる代わりに、一瞬で大きなものを失うんです」 そんなことをおっしゃっていたような気がします。 Twitterひとつ取ってみてもよくわかります。 自動フォローツールでも使わないかぎり、一般人がフォロワー1000人を集めるのは大変なことです。 しかし、著名人が「Twitterはじめました」と呟けば、瞬く間に10000人のフォロワーが集まります。 集まるというより手に入るという方が正しいのかもしれませんが。 その分著名人がちょっとした失態を犯す(犯したと正義民が勝手に判断する)と、この10000人がどう転ぶかわかりません。 ネズミ講のようなリツイートの嵐。 それが各種ニュースツールに反映され、またTweet地獄になるという悪循環が起こります。 こういった現象が起きてしまうことはもはや避けられないSNSという世界ですが、その理由の一つには「SNS民の大半がその事態に直面していないこと」があると思います。 今回の地震のような事態に直面している人は、自らのことを考えるだけで精一杯です。 他のSNS民が何を呟いているかなんて気にかけている時間はまずないでしょう。 要するに「テレビやネットの向こう側」で起きていることを傍観できる立場の者が基本騒いでいるのです。 そしてもはや誰のために振りかざしている正義感なのかもわからないままに、自らが信じた正義を通そうとします。 的はずれな標的に向かって… 正義感を振りかざしているかどうかは抜きにして、今このような書き物をしている私自身も同類だと考えています。 本来なら書かなくてもいいことをわざわざ書いているのではないか。 ややもすれば自己満足のためだけに書いているのではないか。 そんな思いも抱えています。 海外ではもっと顕著で勢いの止まらない「ソーシャルジャスティスウォリアー」。 個人が思い思いに表現できる場所が急激に広がった反面、表現や言論の自由にともない発した一言や写真が、いとも簡単に「正義」に潰されるという矛盾。 この流れはさらに加速していく一方なのでしょうか….

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