フェルマー の 最終 定理。 ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明

「フェルマーの最終定理」最もわかりやすく難解な問題はいかに証明されたか

フェルマー の 最終 定理

概要 17世紀、ひとりの数学者が謎に満ちた言葉を残した。 天才数学者ワイルズの完全証明に至る波乱のドラマを軸に、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描く、感動の数学ノンフィクション! 裁判官であり余暇に数学を嗜んでいたというフェルマー。 彼が古代ギリシャの数学者ディオファントスが著した『算術』に注釈をつけたもの(メモのようなもの)を死後に長男サミュエルが再出版したことがこの謎の始まりである。 彼が残した48の命題のうち47の命題は後の数学者の手によって解かれたがどうしても一つ解けない問題があった。 それがフェルマーの残した最後の定理、つまり「フェルマーの最終定理」である。 『フェルマーの最終定理』を読んだ感想 そもそも「フェルマーの最終定理」とはどんな問題なのか? 「フェルマーの最終定理」という言葉を聞いたことがあってもどんな問題なのか実際に知っている人は少ないのではないでしょうか?300年間天才数学者の挑戦を阻んだ、悪魔でも解けない問題ですからね。 途方もなく複雑な数式を想像してしまいますよね。 私も本書でその問題を初めて目にしたんですが唖然としました。 「フェルマーの最終定理」とはこんなにもシンプルな問いなのかと。 しかし、このシンプルな問題が多くの数学者を狂わせていくことになるのです。 思いつく限りの自然数を入れてみても解がありませんので一見するとフェルマーのいってることは正しく見えます。 では、なぜ多くの数学者がこれに悩んでいたかと言うと この方程式を「証明」できなかったからです。 定理とは完璧に証明されて「真」であることが分かってはじめて「定理」になります。 つまり、 本来は証明されるまでは「定理」ではなく「予想」として扱うべき問題でした。 「フェルマーの最終予想」と実際に呼ばれることもありました。 なぜ証明できなかったのか?無限という概念 ではなぜこんな簡単そうに見える数式で、あらゆる数字を入れても成り立つものが証明できなかったのでしょうか?その答えは 「無限」です。 「無限」とは文字通り限りが無いこと… つまり、 一見するとどんな数字を当てはめても成り立つ「フェルマーの最終定理」も無限の彼方にある数字の組み合わせ次第では成り立たないかもしれない。 この無限の彼方にある我々では想像できないようなどんな自然数の組み合わせでも成り立たないとどうして断言できるのか?ということがどうしても証明できなかったんです。 このシンプルな方程式の証明は「無限の自然数の組み合わせ」でも成り立つをことを証明しないといけない途方もない挑戦だったのです。 この数式の証明はまずは具体的な数字を証明することで始まりました。 この流れをジェルマン、クンマーという数学者が飛躍させましたが完全証明とはいきませんでした。 日本の天才数学者の「予想」がフェルマーの最終定理に大きくかかわってくる 時は大きく流れ戦後の日本。 野心的な日本の数学者谷山豊と志村吾郎が 「すべての楕円曲線はモジュラーである」という大胆な予想を打ち立てます。 この 「谷村-志村予想」こそがフェルマーの最終定理を解く大きなカギになっていきます。 この「谷村-志村予想」、はじめはあまり注目されていなかったんですがフライという数学者の予想により超重要な予想へと進化するんですよね。 これは背理法と言う証明方法で• フェルマー予想が偽である(フェルマー方程式が自然数解をもつ)と仮定• この自然数解からは、モジュラーでない楕円曲線を作ることができる。 しかし、 「谷山・志村予想」が正しいならば、モジュラーでない楕円曲線は存在しない• 矛盾が導かれたので仮定が誤っている• よってフェルマー予想は真である ということを言ってるんです。 もちろん、この時点ではフェルマーの最終定理は証明されていません。 しかし、 「谷村-志村予想」が証明できれば「フェルマーの最終定理」を証明したことになる、ということを示してるんです。 どうです?テンション上がりませんか?私はこの部分を読んでいて「うぉおおお!」ってなりました。 日本の若き数学者の研究がフェルマーの最終定理に繋がっていたのかと思うと感動して涙が出てきそうになります。 そして、アンドリュー・ワイルズがそのアイディアに触れついに「フェルマーの最終定理」に挑むことになるのです。 ワイルズがどのようにこの難問を解くのか。 どんなドラマが待ち受けているのか。 続きは自身の目で確かめてください。 美しい数学の世界 さて、本書を読んでいると「フェルマーの最終定理」だけではなく数学者たちが解き明かしてきた「美しい数学」の断片を目の当たりにすることができます。 私たちが学生時代に倣った数々の数学、公式などその最たるもので偉大な数学者たちが血反吐をはくような研鑽の果てに証明した「真理」だということをいまさらながらに思い知らされました。 これが本当におもしろい。 インド人が0を発明したというのはあまりにも有名ですが、数学の世界が広がっていく過程が恐ろしく美しい。 まずは自然数が積みあがっていく。 3を5で割ったら自然数で表すことができないから分数ができる。 3から5を引いたら自然数では対応できなくなりマイナスの世界が生まれる…素数、無理数、虚数…などなど。 問題にぶつかったら予想を立て、証明し、定理にする。 そうやって広がった数学の世界はまさに美しいと言えるでしょう。 是非その感動を味わってほしいです。 フェルマーの最終定理、残された謎 天才数学者のワイルズの手によって証明された「フェルマーの最終定理」。 それは、谷村-志村予想だけでなく 現代数学の粋を集めて解いた英知の結晶です。 となると、ひとつ疑問が出てきますよね。 「私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない」 と言う謎めいた文章を残したフェルマー。 このフェルマーは300年以上前にどうやってこの難問を証明したのか?17世紀の数学の知識で解かれた証明方法は今なお明らかになっていません。 もしかしたらフェルマー自身解けていない可能性すらあるのです。 証明されてもなお残る大きなロマン。 これこそが「フェルマーの最終定理」の魅力なのです。 pocket line hatebu image gallery audio video category tag chat quote googleplus facebook instagram twitter rss search envelope heart star user close search-plus home clock update edit share-square chevron-left chevron-right leaf exclamation-triangle calendar comment thumb-tack link navicon aside angle-double-up angle-double-down angle-up angle-down star-half status.

次の

フェルマーの最終定理とは (フェルマーノサイシュウテイリとは) [単語記事]

フェルマー の 最終 定理

志村五郎氏の名を知らなくても、数学の難問 「フェルマーの最終定理」を記憶している人は多いだろう。 「フェルマーの最終定理」は1995年にイギリス生まれの数学者アンドリュー・ワイルズによって証明されたが、実は 「フェルマーの最終定理」は志村氏の提唱した「谷山-志村予想」を証明することで解決している。 志村五郎氏の死去に伴い、氏が解決に大きな貢献をした「フェルマーの最終定理」という難問について、できるだけ分かりやすく振り返ってみよう。 志村五郎氏の訃報については、5月3日にプリンストン大学より発表されている。 Professor Emeritus Goro Shimura 1930—2019 「フェルマーの最終定理」をめちゃくちゃ簡単に説明する 「私はこの命題について、真に驚くべき証明を見出したが、それを記すにはここはあまりに余白が足りない」 360年前、フランスの数学者ピエール・ド・フェルマーはたったこれだけのメモを問題の脇に書き残してこの世を去ってしまった。 この ツイッターにも投稿されていそうなフェルマーのメモは大変話題になり、以後この命題は「フェルマーの最終定理」と呼ばれることになる。 「フェルマーの最終定理」は、一見すると義務教育で教わる「ピタゴラスの定理」の拡張版だ。 なんだか簡単に解けそうな問題にも見える。 Credit: しかし 「n」が2なら無限に解が存在するというのに、この「n」が3以上の数字になると「x,y,z」を満たす解は一切存在しなくなってしまう。 これがいわゆる「フェルマーの最終定理」の命題だ。 この問題を最終的に解いたアンドリュー・ワイルズは10歳の頃、図書館でこの問題を見つけて「俺なら解けるんじゃね?」と思ったようだ。 それはそれでとんでもないお子様だが、しかしこれが大きな罠だった。 「n」が3以上の場合というのは、つまり 無限に存在する「n」について、それぞれ解が無いと証明しなければならないわけで、これは非常に困難な証明なのだ。 以後30年以上、ワイルズはこの問題の呪縛に捕らわれることになる。 世紀の難問に光を与えた日本人 「すべての楕円曲線はモジュラーである」 またまた一般人には意味不明なこの一文が、「谷山-志村予想」または「志村-谷山-ヴェイユ予想」の主張だ。 ちなみに数学における「予想」とは、 真だと考えられるが、証明することはできていない命題のことだ。 「予想」が証明されるとそれは「定理」になる。 だから「フェルマーの最終定理」も厳密には「予想」になるわけだが、そこは証明できたと断言したフェルマーに敬意を払っておこう。 楕円曲線とは数論(数の性質について論じる数学の分野)における理論の一つで、解くと解が数列のような形で複数得られる。 一方モジュラーというのは、簡単に言うと 四次元空間の無限の対称性について論じたものだ。 Credit: この絵はモジュラーの理論を使って二次平面上に複雑な対称性を持つ模様を描いているので、この絵を眺めて「 なんかこういう不思議なパターンを定式化するお話なんだ」と思ってもらえればいいと思う。 この楕円曲線とモジュラーはそれぞれの解がよく似た数列のパターンで得られるのだが、「谷山-志村予想」はこのよく似た解が似ているのではなくて、同じなのだと主張したのだ。 数学のまったく異なる領域の問題が、実は同一の概念を論じているというこの主張は、とても大胆で驚くべきものだった。 最初にこのアイデアを閃いたのは、呼称の中に名を連ねる谷山豊だった。 しかし谷山はこのアイデアを思いついた数年後に自殺してしまう。 盟友の死を嘆きつつ、そのアイデアを定式化したのが志村五郎だった。 「谷山-志村予想」は一般的にはあまり知られる機会のない理論だが、その後の数々の数学者たちのよる研究で、「フェルマーの最終定理」と結び付けられることになる。 フェルマーの最終定理は楕円曲線に変換可能であり、その解に対応したモジュラーは存在しない事が示されたのだ。 つまり 「谷山-志村予想」が正しければ「フェルマーの最終定理」はその命題の通りに解を持たないことになる。 二人の日本の数学者によって生み出された数学理論は、このとき長年の数学の難問の解決と直接結びついたのだ。 この難問は大勢の数学者たちの努力と挫折の末、1995年にアンドリュー・ワイルズによって「谷山-志村予想」を証明するという形で最終的解決を迎えた。 そこには数学の歴史を彩る様々な深いドラマがあった。 今、そんな数学の偉大な歴史に名を刻んだ一人の日本の数学者の人生が幕を下ろしたのだ。 50年以上前、自殺してしまった同僚谷山豊氏の偉大な閃きを定式化し、「フェルマーの最終定理」という数学の難問解決に寄与した志村五郎。 彼は天国で、谷山氏に良い報告をすることができただろう。 「フェルマーの最終定理」を巡る数学者たちのドラマに興味を持った人は、ぜひこの機会に『』を読んでみてはいかがだろうか。

次の

超難問「フェルマーの最終定理」証明の最重要人物である日本の数学者が死去

フェルマー の 最終 定理

記事の概要を• 主張 響きが超かっこいい定理なわけですが、主張自体はすごくシンプルなんです。 フェルマーの意地悪 このフェルマーというのは厄介な人で、証明を書かないで問題の主張だけを書くことで有名でした。 間違っている主張もあるし、なかには正しい主張もあり、この点でも厄介でした。 天才たちの挑戦 オイラー、ディリクレ、ルベーグ、錚々たる天才数学者たちはフェルマーの最終定理の限定的な証明を見つけました。 オイラーの公式、ディリクレ形式、ルベーグ積分、数学を築き上げてきたそんな天才たちでも限定的な証明しかできませんでした。 そもそも正しいの? 証明が完成しない期間が長すぎて、そもそもフェルマーの最終定理は正しいのか?と多くの数学者が疑問を持ち始めます。 錚々たる天才数学者でも人生をかけるには大きすぎる問題と判断し、諦めざるを得なかった恐ろしい問題、それがフェルマーの最終定理なわけです。 証明は出来るの? 仮に正しかったとして証明はできるのか、ということも問題に挙がりました。 400年もの間があれば、数学理論は発展していきます。 数理論理の分野も発展し、無矛盾性だとか完全性だとか、証明ができるとはどういうことかという議論も活発になりました。 そのときに恐るべき命題が証明されてしまいました。 つまり、証明が出来ず、かといって間違っているとも示せない、そんな問題があることが証明されてしまったのです。 そう思うのも無理はないです。 数百年も未解決の問題なんですから。 もしそうだったら、この問題を証明しようとするのは全くの無駄になるわけです。 そしてそのたびに、実はその証明には不備があったという茶番が繰り返されてきていました。 誰かがまた証明できたぞと豪語しても「はいはい、また不備があるんでしょ」と皆思うようになっていました。 アンドリュー・ワイルズがフェルマーの最終定理をついに証明できたと発表したときも、例に漏れず、周りの反応は冷ややかでした。 実際、彼の証明には不備がありました。 フェルマーの最終定理はやっぱり証明が出来ない問題なんだ。 21世紀近くにもなってあんな時代遅れの問題に人生をかけるのはバカのすること。 そんな空気にも負けずに、アンドリュー・ワイルズは証明の不備をなんとか直すことが出来ないかと苦悩します。 それでもワイルズは、世界の数学者達が見つけたバラバラな理論のピースをきれいに集めて、一つの地図を作るかのように証明を完成させてしまいました。 そこには複数の日本人も関わっていました。 数学の問題というより、フェルマーの最終定理は数学の歴史と言うべき問題かもしれません。 この数学史の流れは下で紹介する本の中で物語調に書かれています。 数学が出来なくても読める、面白い話で、まるで映画をみているようでした。 本が苦手な私でも楽しくよめた本です。 フィクションかと思わせるほど面白く、しかし全て現実に沿って構成されています。 映画で例えるならビューティフル・マインドや、イミテーション・ゲームのようなストーリーです。 複数の天才たちが時代を超えて作用する、すごく面白い話でした。 まとめ 400年もの間、天才数学者たちを苦しめた数学史上最難の主張、フェルマーの定理。 日本人を含む天才数学者たちの理論が時代を超えてアンドリューにヒントを与えました。 アンドリューはそれらの理論を使ってフェルマーの最終定理の証明に挑み、一度は失敗するものの、1995年に証明が正しいことが認められた。 数学が好きな人、天才たちの物語が好きな人、そういう人はフェルマーの最終定理をめぐった過去の偉人達のお話を一度見てみてはいかがですか?.

次の