青い カーネーション。 青いバラは存在する?花屋が考える青いバラの魅力。|切花情報サイト/ハナラボノート

ご存知ですか?青いカーネーションの花言葉【鈴木杏樹のいってらっしゃい】

青い カーネーション

経緯 [ ] 本来、カーネーションには青色が存在せず、青系カーネーションは存在しなかったが、やから系の色素合成遺伝子を取得し、カーネーションのゲノムへ組み込む事により誕生。 1997年から「ムーンダスト」として発売されているが、当初は都会の一部の有名生花店や、各種のイベント、結婚式や特別な場所で使われる程度で、一般的に目にすることは少なかった。 その後、徐々に種類が追加され、2005年2月に全国に初めて発売され、現在では比較的入手しやすくなっているが、一般的な生花店ではあまり扱われていない。 2004年には、と共にグッドデザイン賞金賞を受賞している。 地方生産地は、やにて、で栽培されている。 航空便にて世界各国にも出荷され、切花市場へと流通する。 花持ちが良く、種類によっては最長で1ヵ月程度咲き続ける。 カルタヘナ法()における「第一種」に平成16年6月に認可され、遺伝子拡散防止措置を行った、切花のみの形態で流通する。 サントリーの発表では、2005年に約1800万本を販売した。 は、「永遠の幸福」。 現在、6種類販売され、大型で一輪咲きの「スタンダードタイプ」として、濃紫色の「ベルベットブルー」、濃い青紫系の「プリンセスブルー」、桃色に近い青味がかった「ライラックブルー」、大輪4色の中で一番淡い「アクアブルー」と言う名で4種、枝の先端で多数に枝分かれし多花性の「スプレータイプ」として、青紫色の「アメジストブルー」、桃色に近い青味がかった「パールブルー」の2種類が発売されている。 流通量が少なく、特別なイベント、結婚式や贈答品のの素材として使われている。 原理 [ ] は赤から青までの色調を示す系の色素群である。 アントシアニンの青色発色機構には様々なものがある。 アントシアニジンの種類、アントシアニンの存在する植物細胞中の液胞のpH、金属イオンの種類や量、分子内または分子間でのコピグメント(copigment, 補色素、助色素)、形成などである。 ムーンダストにおいては、アントシアニジンの種類を変化させることで青色を発色させている。 すべてのアントシアニンはアルカリ側では青色になる。 デルフィニジン系のアントシアニンは比較的酸性側でも青色であることを利用している。 そのため、デルフィニジン系のアントシアニンを合成できない。 ジヒドロケンペロールから、ジヒドロケルセチンから、ジヒドロミリセチンからへ、 DFR によってそれぞれ変換される。 そして、ロイコペラルゴニジン、ロイコシアニジン、ロイコデルフェニジンからペラルゴニジン、シアニジン、デルフェニジンにによって変換される。 ペチュニア由来のDFR遺伝子も導入されている理由は、カーネーションの内在性のDFRはペラルゴニジン生合成にも関与するが、パンジー由来のDFRはジヒドロケンペロールを基質として利用できない基質特異性によってペラルゴニジン生合成に関与できないことに関わりがある。 カーネーションの内在性のDFRがあるとペラルゴニジンが合成されてしまう。 そこで、カーネーションの母本としてDFRを欠失していて、アントシアニンを合成できない白色花の品種が選択された。 歴史 [ ]• 1980年代: の花の開発が始まる。 : サフィニアが発売される。 : サントリーと現社が青いバラを目指し、本格的な開発が開始される。 : ムーンダストが誕生。 : 日本でムーンダストが一部の地域のみ(東京都などの都心部)において、発売が開始される。 「パールブルー」の発売が開始される。 : 「スプレータイプ」の「アメジストブルー」が発売開始。 : 「ライラックブルー」「プリンセスブルー」が発売開始。 : サントリーから花部門が分離され、となる。 「ベルベットブルー」が発売される。 : 農林水産省のカルタヘナ法の第一種に認可される。 : 全国で発売開始。 :「アクアブルー」が発売開始。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]•

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ムーンダストは青くない?種や鉢植えは売ってる?紫のカーネーション

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青いバラは自然界に存在する? 結論から言えば、 真っ青な青バラは自然界には存在しません。 花の色はアントシアニジンという物質の種類に大きく影響されます。 アントシアニジンには、 1.シアニジン 2.ペラルゴニジン 3.デルフィニジン という主要な3種があり、このうちの デルフィニジンが青や紫色の花に多く含まれています。 アントシアニジンはそのまま蓄積されることは稀で、糖などが結合した「アントシアニン」として植物の中の液胞という部分に蓄積します。 液胞の中のphがどのくらいか、どんな糖や塩基が結合するのかで、青色が発現するかどうかが決まります。 デルフィニジンを持っていても、青色が発現するとは限らないのです。 (逆に、デルフィニジンがなくても青色を発現する組み合わせもあります) バラ、カーネーション、菊、ユリなどに青い品種がないのは、 デルフィニジンを蓄積できないからだと言われています。 スポンサードリンク 青いバラをつくりたい!育種の歴史。 育種でつくる青いバラ バラの品種改良は800年以上の歴史があります。 さらに良い香り・色を求めて、選抜(よい形質の個体を残す)や、交配による育種(2つの品種をかけあわせて新しい品種をつくる)で、様々な品種が作られてきました。 もちろん、青いバラを作ることも人類の夢のひとつ。 交配によりうまれた「青系」バラといえば、、、等々…(クリックするとGoogle画像検索結果にとびます) 青と言えば青だけど…薄い青ですね。 これらには、青い色素デルフィニジンは含まれていません。 そしてこれらのバラは、どちらかといえばガーデン用のバラ。 切花として花屋さんに出回ることは少ないのが実情です。 遺伝子組み換えでつくる青いバラ【サントリー『アプローズ』】 青いバラの品種改良で成果を残しているのは「サントリー」。 サントリーで青いバラの開発が始まったのは1990年のことです。 バイオテクノロジーの進化により、遺伝子レベルでの育種ができるようになり、人類の夢「青いバラ」の開発が始まったのでした。 開発物語は、で詳細に解説されています。 平たく言えば、ペチュニアやパンジーなど青色色素を持つ花から取り出した遺伝子をバラに組み込み、青色を発現させよう、という研究。 2004年に開発成功が発表され、大きな話題になりました。 それが サントリーの青いバラ「アプローズ」です。 サントリー より。 青い…ですね。 青紫というか。 確かに、紫のバラよりは青いと思います。 接ぎ木で増やすことにも成功し、2009年には商品化。 普通のお花屋さんに並ぶことは少ないですが、注文すれば買えます。 「サントリーの青いバラが欲しい」と注文すれば、入荷してくれるはず。 現在も「もっともっと青いバラを」ということでサントリーでは研究開発が続けられています。 ちなみに研究の過程で、バラより先にできたのが青いカーネーション。 こちらは「ムーンダスト」と名付けられ、今では母の日などにも活躍しています。 サントリー より。 青っていうか、紫ですけどね。 でも、ペチュニアの青色遺伝子が働いて生まれた品種なので、成功への大きな一歩につながった品種であることは間違いないです。 アプローズよりはずっと庶民的に広まった感じがします。 まあ、普通のカーネーションよりは高いけど。 もっと青さを!染めの青バラ サントリーの研究開発チームの努力はよくわかりました。 技術の進化は素晴らしいことです。 でもね、正直な声は、 もっと青いのが欲しいんだよ!! でしょ? そこで登場したのが 「染め」の技術です。 白いお花に色水を吸わせると色がつく…夏休みの自由研究とかでやりましたね。 染料で染めた青いバラ、青いガーベラ、青いカーネーションなどは、もう普通に市場に出回っています。 注文すれば買えるし、繁華街のお花屋さんなどでは置いているところも多いのではないでしょうか。 そういう「ザ・青!」が活躍するのは、色味重視でつくる花束やフラワースタンドなど。 染め技術なしには語れないほど、花屋業界ではもう広まっています。 蛍光グリーンやイエロー、ピンクなどあらゆる色の染料があるので、白い花を買ってきて染めるだけで、どんな色の花も作れちゃうのだ。 染料はネットでも買えたりします。 一般の方でも、染めてみたい人はぜひどうぞ。 ただし、染料で染めた花にはデメリットも。 物理的にインクを吸わせているので、切り口から色は抜けます。 花瓶の水も青くなるし、手も青くなる。 服についたら染まります。 ドレスの胸につけるコサージュや、テーブルクロスに散らす花びらに使うのはちょっと心配。 遠くから見て楽しむ装飾やスタンド花には問題ありませんが、服や肌に触れるような使い方には注意が必要かもしれません。 青いバラの花言葉 かつて、青いバラの花言葉は 『不可能』『ありえないもの』などでした。 実際には存在しないもの、決して手の届かないものの代名詞だったのですね。 サントリーがアプローズを開発して、その花言葉を 『夢かなう』としました。 今では、青いバラには 『奇跡』『神の祝福』などの花言葉も。 夢をあきらめない、不可能に挑戦し続ける人への贈りものに、勇気のでる花言葉ですね。 青いバラを贈りたい!どこで買う?注文のコツ。 青いバラで花束やアレンジメントを贈りたい、と思ったらどうすればよいのでしょうか。 どちらにしても、通常店頭に置いていることは少ないと思いますので、事前に相談して予約しましょう。 使いたい日の10日前~1週間前くらいまでに、お花屋さんに相談してみましょう。 サントリー『アプローズ』を買う アプローズ指定で注文してくるお客様はそんなに多くありませんが、頼まれれば入荷することはできます。 (だいたいのお花屋さんはできるはず…です) お店で注文するときは、 「サントリーの青いバラ、アプローズをお願いします」とハッキリ伝えましょう。 入荷にも時間がかかる可能性がありますので、余裕をもって予約してくださいね。 サントリーブランドの特注品ですので、お値段はまあ高いです。 それでも、染めの青バラがそれほど珍しくなくなった今、本物の青いバラを贈るのには価値があると思います。 大切な人に本物の青バラを贈るなら、ぜひアプローズを。 オンラインショップでも買えるお花屋さんもあります。 1本で3,300円。 10本で31,000円。 うーん、サントリーブランド。 染めの青いバラを買う 染めの青バラは、アプローズに比べればよく使われています。 値段もだいぶ手ごろになってきました。 アプローズにこだわらず「青」という色を押したいなら、染めの青バラをおすすめします。 染めの青いバラの良さは、濃い青、薄い青、水色、ラメ付きなどいろんなバリエーションがあること。 お花屋さんで注文するときは、写真を見せて希望の色味を伝えるとよいでしょう。 こんなふうに、濃淡ミックスしても素敵ですね。 で、青いバラってどうなの?(個人の感想) 先人たちの「青いバラ」への情熱、伝わりましたでしょうか。 かつては、自然にないものを無理やり作るなんて…とか、染めの花なんて…という気持ちはありましたが、花屋でも染めの花を使うのも普通になってきました。 個人的には、自分でわざわざ買ったりはしないかなーと思いますが、青いバラを贈りたい!というお客様の気持ちはわかります。 ちょっと特別な感じがするものね。 「夢かなう」の想いを込めて青いバラを贈りたい!というお客様には、お花屋さんもできるだけ応えたい!という気持ちです。 (なので、どうぞどうぞ、お早目のご予約をお願いします…!) バラにこだわらなければ、天然で青くて素敵な花もいろいろあります。 こちらもどうぞ参考にしてみてください。

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青いカーネーション「ムーンダスト」の花言葉を知って母の日に贈ろう!|日比谷花壇|母の日2020

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サントリーはオーストラリアのベンチャー企業フロリジン社(当時はカルジーンパシフィック社、以降フロリジン社と記載)と共同で、この一大プロジェクトに取り組むことを決めました。 80年代にバイオテクノロジーが飛躍的に進歩し、その技術を用いれば青いバラを開発できると期待されていたため、同様のプロジェクトに取り組んでいる研究チームは世界中にいくつもあり、水面下での競争はすでに始まっていたのです。 青いバラを咲かせるために解決しなくてはならない、技術的な課題は2つ。 1つは「青い花に含まれる数万種類の遺伝子の中から青い色素(デルフィニジン)を合成するために必要な遺伝子(青色遺伝子)を取り出す」ということ。 もう1つは「バラの細胞に遺伝子を入れ、その細胞から遺伝子組換えバラを作製する方法を開発する」ということです。 特に第一の課題である青色遺伝子は特許権で保護できるため、ライバルよりも早く見つけ出し、特許出願する必要がありました。 青い花を咲かせる植物は自然界にたくさんありますが、まず研究チームが青色遺伝子を取る対象として選んだのは、濃い紫色のペチュニアでした。 そのわけは、以前からペチュニアはアントシアニンなどの花色研究のモデル植物だったため、すでに次のような知見が集積していたからです。 〇青色遺伝子はチトクロームP450型水酸化酵素(肝臓で解毒を担っている酵素の仲間)遺伝子であること 〇この遺伝子は花びらでは働いているが、葉では働いていないこと 〇青色色素を作らない赤いペチュニアには青色遺伝子がないこと 〇花弁が開く時に青色遺伝子が強く働くこと 〇染色体上の遺伝子座がわかっていたこと これらをヒントに、ペチュニアが持つ2つの青色遺伝子の候補を3万種の遺伝子の中から300種ほどまでに絞り込みました。 最初はペチュニアに候補の遺伝子を戻して花の色が変わるかテストし、青色遺伝子か否かを判断する計画でした。 ところが、それでは花が咲いて色がわかるまでに数か月かかってしまいます。 そこで、結果が出るまでの時間を短縮するため、植物ではなく酵母に候補の遺伝子を入れて活性をテストすることに。 おかげで、一週間で答えが出るようになり、たくさんの遺伝子の活性を調べることが可能になりました。 そして、1991年6月13日、ついに青色遺伝子の取得に成功します。 サントリーは、すぐにこの遺伝子の特許を出願。 どのライバルチームよりも早く申請して特許を独占できたことが、この研究に単独で取り組む決め手となりました。 このような活性を持つ遺伝子の特許申請はこれが初めてだったため、非常に広い範囲の特許が成立したのも幸運でした。 実際に、この遺伝子をペチュニアやタバコに入れる実験をしたところ、青色色素の「デルフィニジン」の量が増えることが立証されました。 これらの成果を記した論文は世界最高峰の科学雑誌「」にも掲載されています。 植物に遺伝子を入れる方法はいくつかありますが、青いバラプロジェクトでは「アグロバクテリウム」という土壌細菌の力を借りて導入する方法を採用しました。 この細菌は自分の遺伝子を植物の細胞に運ぶ能力があることから、多くの植物への遺伝子導入に利用されています。 導入後、遺伝子を受け取った細胞だけをうまく選び出してバラの植物体に戻すには、植物ホルモンや栄養分の種類、濃度などを最適化しなくてはなりません。 この作業を無菌的な条件で、試験管内の植物を用いて行うのが、いわゆる「組織培養」です。 バラの場合、遺伝子を入れてから花が咲くまでに1年ほどかかります。 導入する遺伝子がどの程度機能するかは遺伝子組換えバラ1本ごとに異なりますから、できるだけ多くの遺伝子組換えバラを咲かせなくてはなりません。 バラの品種によって遺伝子の入りやすさも大きく異なるので、試行錯誤を重ね、組織培養を続けました。 ようやく赤いバラに遺伝子が入るようになり、1994年に初めてペチュニアの2種の青色遺伝子を入れたバラが開花。 ところが、遺伝子は確かに入っているにもかかわらず、花の色は赤いまま。 青色色素は全く検出されなかったのです。 プロモーター(遺伝子の働きを調整する部分)の改変などの工夫を施してもうまくいかなかったので、今度はペチュニアではなく、別の花の青色遺伝子を導入することに。 リンドウやチョウマメ、トレニアなど、青い花を咲かせるさまざまな植物から青色遺伝子を取得し、それぞれをバラに入れてみましたが、何度実験を重ねても「青色遺伝子が入っているのに青色色素ができていないバラ」しか咲きませんでした。 努力がなかなか報われず、このプロジェクトに携わる者にとってはつらい時期が続きました。 そんな中、研究員を勇気付けたのが、遺伝子組換えによる青いカーネーションの開発成功でした。 バラではうまくいかなかったペチュニアの青色遺伝子ですが、カーネーションでは期待どおり働いて青色色素「デルフィニジン」が蓄積し、花色も青く変化したのです。 この花は「ムーンダスト」と名づけられ、1997年から日本でも販売し、今では品種数も増えました。 「永遠の幸福」という花言葉にふさわしい、気品ある美しい花が人気を博しています。 遺伝子組換えによる花きの商業化は、ムーンダストが世界初。 現在、この青いカーネーションはコロンビアとエクアドルで生産され、アメリカを中心に、ヨーロッパなどでも販売されています。 国内では、濃淡さまざまな色合いの6品種のカーネーションが販売されており、現在では品種によりペチュニアだけはなくパンジーの青色遺伝子も用いられています。 この頃になって、ようやくカーネーションだけではなく、パンジーから得た青色遺伝子を導入したバラでも青色色素ができ、花の色もはっきりと変化するようになりました。 ただ、遺伝子を導入できたのが赤いバラだったため、この段階ではとても「青いバラ」と呼べるものではなく、花の色は黒ずんだような赤色でした。 とはいえ、青色色素がつくられたことで、いよいよ青いバラ誕生への道筋が見えてきました。 青色色素ができても、花の色がどの程度青く見えるかは、遺伝子を導入するバラのもともとの性質に大きく依存します。 例えば、青色色素が蓄積する細胞の液胞内のpHが低い(酸性)と赤く、中性だと青く見えます。 また、青くなりやすい成分、青くなりにくい成分が液胞内にあるかどうかでも色は大きく左右されます。 つまり、青色色素があるだけでは、必ずしも花の色が青くなるとは限らないのです。 そこで、市販されていないバラも含めて数百種の中から、青色色素の含有率が高くなりやすく、青くなる資質を持った品種を40種ほどに絞り込んで、青色遺伝子を入れる実験を重ねて見た目にも青いバラの開花を目指しました。 並行して組織培養の方法も改良を重ね、いろいろな品種のバラに遺伝子を入れることができように研究は続けられたのです。 遺伝子を植物の細胞に導入するためには、まず細胞の機能や形態がまだ分化していない、不定型な細胞の塊(これを「カルス」と言います)を培養しなくてはなりません。 つまり、葉になるのか茎になるのかも決まっていない細胞の塊に青色遺伝子を導入して、それを育てて、バラを咲かせるわけです。 このカルスを作るだけでも一年程度かかりますから、非常に時間がかかる気の長い実験です。 研究員たちは忍耐強く、カルスにパンジーの青色遺伝子を導入する作業をひたすら続けました。 この手法はサントリーが開発したオリジナルなものです。 多くのバラの品種に遺伝子を入れることができるため、青いバラ開発の根幹をなす技術です。 1998年から1999年頃にかけて、やや青みを帯びたバラが咲きはじめました。 これらの中からより青い系統の品種を選びだしたのが、2002年のこと。 ついに世界初の青いバラが誕生したのです。 さらに、このバラを接木で増殖することにも成功し、同じ色を安定的に咲かせること、正常に生育することも確認しました。 2004年6月には世界初の青いバラ開発成功の広報発表を行い、会見場で実物をお披露目しました。 その反響はすさまじく、新聞各紙の一面を飾り、海外でも大きく取り上げられました。 一般のお客さまの間でも大きな反響を呼び、小学生からお年寄りまでたくさんの温かい声が寄せられました。 青いバラ開発ストーリーは理科などの教科書に掲載されたり、国立科学博物館などで展示されたり、多くの教材としても利用されています。 開発の科学的な内容に関しては論文発表を行い、を2009年にいただきました。 とはいえ、青いバラをお客様にお届けするには、もう1つのハードルを越えなくてはなりませんでした。 サントリーが開発した青いバラは遺伝子組換え技術を用いて開発されたものなので、一般に栽培、あるいは販売するためには、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物多様性の確保に関する法律」(通称カルタヘナ法)に基づき、農林水産省と環境省から認可を得る必要があります。 そのためにはさまざまな実験を行い、今回開発したバラを国内で生産・販売しても生物多様性に影響しないことを証明しなくてはならないのです。 例えば、青いバラの花粉を野生バラなどに受粉させるなどの交雑試験を行い、導入した遺伝子が野生バラに広がる心配がないことを実証するために4年もの時間が費やされました。 認可が下りたのは、2008年1月31日のことです。 世界初の青いバラは「SUNTORY blue rose Applause」と名づけられ、販売が開始されました。 アプローズとは「喝采」という意味で、花言葉は「夢 かなう」です。 夢をかなえるために努力してきた多くの人へ喝采を贈りたいという想いが込められています。 青いバラは商品化されましたが、サントリーの不可能への挑戦はまだ終わったわけではありません。 自然界にはもっと青い花はたくさんあります。 これらの花は青色色素を合成できるだけではなく、アルミニムなどの金属イオンやフラボンなどをはじめとするさまざまな化合物と青色色素を複合させることで、より青い花を咲かせているのです。 また、青色色素が入っている細胞内の液胞のpHが高い方が青くなることもわかっています。 「もっと青いバラ」を目指すサントリーの挑戦は、今日も続いているのです。 青いバラの開発をオーストラリアのベンチャー企業フロリジンと共同で行うという話を耳にしたのは、入社6年目の頃。 私は植物に特別な興味を持っていたわけでもないので、それまで世の中に青いバラが存在しないということさえ知りませんでした。 ただ、ちょうど変化が必要だと感じていた頃でしたし、海外で仕事をしてみたいという気持ちもあったので、名乗りを上げることに。 当初、私は微生物の研究グループに所属していたのですが、プロジェクト発足とともに、植物の研究グループに異動になり、そのままオーストラリアに飛びました。 独特のオーストラリア英語や日々の研究の前後関係が把握できてないことから初めは苦労しましたが、明るい仲間に助けられ、すぐに慣れました。 遺伝子レベルになると、微生物も植物もあまり変わりがないので、技術的には大きな問題はなかったですね。 よく、3万個の植物の遺伝子の中からたった2個の青色遺伝子を探すというと、気が遠くなりそうだと言われるのですが、今までカビの遺伝子などを扱ってきた私にとっては当たり前の作業だったので、そんなに苦にもなりませんでした。 クリスマスには、当時の佐治敬三社長から「青いバラを恋人のように待っています」という直筆のメッセージが書かれたクリスマスカードが届きました。 お洒落なメッセージはもちろんですが、海外に送り出した社員一人ひとりを忘れずにいてくれていることが嬉しかったですね。 このカードは今も大切にしています。 青いバラを生みだすカギとなる青色遺伝子を探す研究は、非常に単調な作業です。 そんなある日、これまでとは明らかに違う活性を示すスポットがX線フィルムに現れました。 ついに青色遺伝子の取得に成功したのです。 この時の喜びはとても言葉では言いあらわせません。 すぐに日本へ大きな丸印を書いたFAXを送りました。 なにも言葉は添えなかったにもかかわらず、日本の研究者たちはすぐに察してくれて「やった!!」と歓声を上げたそうです。 また、オーストラリアの研究仲間も私が「I think I got one」と告げると歓天喜地の大喝采。 担当の女性役員も目を真っ赤にして喜んでくれました。 その日のランチはフロリジンの社長のおごり。 イタリアンレストランでパーティーをして、皆で成功を祝ったものです。 皆が大喜びするなか、私はこれから青色遺伝子をバラやカーネーションに入れていく作業が大変だなあ、と考えていました。 青色遺伝子があっても、青い花が咲かなくてはどうしようもありませんから。 7月には青色遺伝子の特許を申請しました。 後日わかったことですが、競合していた研究チームもほぼ同時期に遺伝子の取得に成功していたようです。 ただ、幸運なことに私たちのほうが早く申請していたため、無事に特許権を取得することができました。 私たちは遺伝子の候補を絞り込む実験の際、結果を出す時間を短縮するために酵母を使っていましたが、これが功を奏したのかもしれません。 酵母を使わずに植物で実験していたら、もしかすると申請が遅れて、特許権を取り損ねていたかもしれないですね。 植物の遺伝子を酵母で発現させるのには、サントリーの医薬事業で酵母の研究をしていた際に開発された技術を応用しました。 このように過去に開発された技術が、後になって全く別の研究で役に立つこともあります。 候補の遺伝子をペチュニアに入れたところ、花びらの色は変わらず、一旦はがっかりしました。 しかし、よく見ると花粉の色だけが青くなっていて「あたりや!」と皆で大笑いしたこともいい思い出です。 その後、花びらも青くできることを確認しました。 02 この当時、私はオーストラリアのフロリジン社で資金集めのお手伝いに奔走していました。 最初は4年計画だったこのプロジェクトですが、バラに目的の色素ができずに時間はかかるばかり。 最初の2年間はサントリーからの資金援助がありましたが、その後はベンチャー企業ならではの資金難が続いて、本当に大変でした。 投資家にしてみたら、半年で全部終わるソフトウェア開発と違い、何年もかかる青いバラプロジェクトには投資しづらかったのでしょう。 最終的にはオーストラリアの研究開発優遇税制を利用して、資金を得ることになりました。 サントリーの了解を得ないと進められない話だったので、私がサントリーとフロリジン社の交渉を取り持ちました。 青いバラ開発の道のりはまさに失敗の連続でしたが、いずれも次につながる失敗でした。 青くならなかった花の中にもうまくいくためのヒントが毎回あって、それを見逃さないようにしながら次に向かうのが楽しくて、私を含め、周りのメンバーも日々の研究を続けていたんじゃないかと思います。 チームのメンバーは一人ひとり得意分野が違っていて、遺伝子が得意な人、組織培養が得意な人、化学分析が得意な人などさまざまです。 一人では全部できませんから、それぞれの得意分野を持ち寄って、夢に向かっている充実感を大切にしていました。 年齢や性別は関係なく、プロの研究者として互いに認め合い、尊敬し合っているという実感を持てるチームだったので、メンバー全員が前向きでいられたのかもしれません。 メンバーは思うような結果が出なくても、あきらめずに絶対にできると信じて研究していましたが、会社がこれほど長期間のプロジェクトを受容して続けさせてくれたことに、改めて感謝しています。 ウイスキーの熟成と同様に良いものを創るには時間がかかるものだという理解もありましたし、「やってみなはれ」という言葉に象徴されるように、チャレンジ精神に富んだ社風はサントリーならではのもの。 入社1年目の新人を研究チームに抜擢してくれたのも、なかなか商業化の目処がたたない青いバラプロジェクトを14年もの間続けさせてくれたのも、まさに「やってみなはれ」の精神です。 おそらく普通の会社だったら、とっくにプロジェクトは打ち切られていたのではないでしょうか。 03 世界初の青いカーネーションが販売されるようになりましたが、やはり母の日が一番売れます。 その日に合わせて、一度にたくさんの花を作るのはとても難しく、農家は大忙しになります。 ムーンダストは色のバリエーションも豊富です。 色の違いは色素の量の違いによるもの。 青い色素は花びらの細胞の中の「液胞」という所に蓄積するのですが、その中の環境がカーネーションとバラではかなり違います。 バラの場合は、液胞内のpHが低いので、色素の量が増えると赤っぽく見えてしまいます。 あまり青くなるのに向いていない花だといえるかもしれません。 青色色素をキクで作ると、同じ色素でもバラよりもずっと青く見えるのですから不思議なものです。 02 リンドウやラベンダーなどさまざまな遺伝子を試しましたが、バラに青色色素をもたらしたのはパンジーでした。 これはまったくの偶然で、「科」と呼ばれる植物の分類の単位の中から代表的な青い花を選び、いろいろ試してみた中で、たまたまパンジーが当たっただけ。 特に、これならいけるという確信があったわけではないのです。 日本とオーストラリアで手分けして実験していましたが、青色色素が初めてできたのはオーストラリア側だったので、少しだけ残念な思いでしたね。 1994年に私が帰国した頃から日本側の体制も整い、オーストラリアと並行して実験ができるようになっていましたから、その後は日本でもパンジーの遺伝子を入れる実験を行うようになりました。 バラで最初に青色色素が発現した時には、その含有率は半分ほどでした。 それでも、その知らせを受けた現場はかなり活気づきました。 やはりゼロが1になった瞬間というのは、大きなブレイクスルーになるものです。 その花の色はどうひいき目に見ても青ではなく、濁ったような赤黒い色のバラでした。 どんなにわずかでも、ゼロと1では可能性という面では全く違う。 「これでいいんだ、進んでいる方向は間違っていなかったんだ」という確信が持てました。 青いバラプロジェクトにとって、大きなターニングポイントとなった出来事です。 02 同じバラでも、青色遺伝子を導入しやすい品種とそうでない品種がありますが、最初に遺伝子が入ったのは赤いバラ。 それでは青くなりにくいので、遺伝子が入りやすく、青く見えやすい品種を選び始めました。 よく白いバラに入れたほうが青くなるのではと言われますが、白いバラには色素を作る能力がないことが多いので、青色遺伝子を入れても青くなるとは限らないのです。 カーネーションよりもバラのほうが青色色素を得るのが難しかったのはなぜか、その理由は今もよくわかりません。 おそらく植物には不要な塩基配列を分解する仕組みがあるので、たまたまバラが分解したいと思う配列に一致したのかもしれませんが、それもあくまで想像の域を出ない話。 バラもカーネーションも遺伝子の入れやすさという点では大差ないのです。 「なかなか結果が出なかった時によくあきらめませんでしたね」と言われることがありますが、こういうプロジェクトでは携わっている本人が「無理だ」と思っていたら絶対に実現できないのではないでしょうか。 少し前のめりに「出来ない理由などない」と信じ込むくらいでちょうどいい。 もし、チームのメンバーに1人でも「無理だ」とあきらめている人がいたら、アプローズは誕生していなかったと思います。 多くの人の期待や夢を背負っているプレッシャーはありましたが、それさえも心地いいものでした。 誰も気にもとめない仕事なら、プレッシャーもない代わりにやりがいもない。 それだけ期待されているんだと受け止めて、仕事をしてきたつもりです。 02 その報告会で印象に残っているのが、せめてネクタイだけでもと青いバラ柄のネクタイを締めていったときのこと。 偶然、上司の役員の方も青いバラのネクタイをしてきていたので、当時の副社長に2人で「今日は青いバラのネクタイをしてきました」と言ったところ、「青いバラを作るというのは、ネクタイのことやったんか」と言われてしまったのです。 発表前に緊張しているところにそう言われ、それこそ、ぐうの音も出ませんでしたね(笑)。 この報告会で、社長や副社長を前に2002年の9月までには青いバラを作ると約束してしまったので、そのプレッシャーからか、初夢で社長に「青いバラはまだか~」と言われている夢を見たほどです。 青色色素含有率をほぼ100%まで高めたバラが咲きましたが、青く見えるかどうかは主観にもよります。 そこで社長の判断を仰ぐことになり、2002年に社長室に青いバラを持参。 「もう、ここまで来たら腹をくくるしかない」と思いつつ、青くないと言われた時に備えて、こっそり言い訳用のプレゼン資料も用意していました。 ですから社長に「おっ、青いやないか。 ようやった。 約束が守られることは少ないんやけどな」と言われたときは、ほっとしたものです。 後に、他の研究員が研修の際にその話を社長にしたところ「あれはお世辞も入っていたんやで」と言われていたそうです(笑)。 苦労をねぎらっての言葉ですから、もっと青くしなければと改めて思いました。 03 青いバラ開発成功の広報発表は社長同席の上、実物を飾って六本木ヒルズで行われることになりました。 この時点では未認可のため、青いバラを研究室の外にそのままで持ちだすことはできず、飾るのも難しい状態でした。 そこで文部科学省と相談の上、花を密封容器に入れ、会場を臨時の遺伝子組換え実験室に仕立てて、通気口にフィルターを付けるなどして対応。 ところが当日、豪雨の影響で新幹線が不通となり、バラが届かないという事態に。 あわや会見中止となるところでしたが、飛行機に乗り換えて会見直前に会場に到着。 私自身は初めての体験だったのでこんなものかと思っていましたが、後日聞いたところでは異例尽くしの会見で、広報関係者は寿命が縮まる思いをしたそうです。 研究に携わる人間が記者会見に出るなど、普通はありえないこと。 まさか自分が人前で注目を浴びるなど夢にも思っていませんでしたから、不慣れゆえの失敗もありました。 マスコミの方の「青ではなく、紫では?」との質問に、本当ならば「バラの世界ではこれが青なんです」と答えるところを、つい「紫です」と。 おかげで、「紫」の文字が太字で強調されたテロップがニュースで流れてしまいました。 それでも会見の反響はとても大きく、大々的に報道され、海外でも話題になりました。 私自身、翌日からは嵐のような取材への対応に大わらわでした。 02 遺伝子組換え植物である青いバラを生産・販売するためには、生態系に影響を及ぼさないということを可能な限り証明し、農林水産省と環境省の認可を受けなくてはなりません。 しかも花粉をほとんど作らないカーネーションと違って、バラには稔性のある花粉(交配によって子孫を作る能力のある花粉)がたくさんあること、日本にはバラの野生種が多く自生することなどから、農林水産省からは100%影響がないことを示してほしいといわれ、その審査は非常に厳しいものとなりました。 温室内の実験では、実際にハチを放して青いバラから野生バラにどのくらい花粉が運ばれるかなどを調査。 また、実験ほ場の周囲の野生バラの分布を調べて、実際に500m圏内の実を採取して、何千粒もの小さな種を交雑していないか一つひとつ調べるのは本当に大変でした。 野外実験の際には周辺住民の方々の協力が必要不可欠でしたが、皆さんとても好意的に応援してくれました。 最も大変だったのが野生バラに青いバラの花粉を受粉させて導入した遺伝子の拡散性を調べる「交雑試験」。 最初は代表的な野生バラ3種を調べていたのですが、遺伝子の構成が近ければ交雑しやすいという可能性を考慮し、自生している場所で検証することになりました。 そのバラは東北以北にしか自生しない希少種(オオタカネバラ)で、探すのも一苦労。 バラ愛好家の方に北海道のある栽培場を紹介してもらったのですが、そこは「クマに注意」の看板があるような荒野の一角。 花に群がるハチが飛び交う中、虫のキライな私も、せっせと青いバラのもとのバラ(宿主)の花粉を野生バラのめしべに付けました。 よほど、その姿が珍しかったのか、傍らでずっとキタキツネが見守ってくれていました(笑)。 販売に必要な認可を受けるためにさまざまな実験をして身に染みたのが、実験ほ場の周辺住民の方々をはじめ、どれだけ多くの人に支えられたかということ。 バラ愛好家の方々のネットワークにもずいぶん助けられました。 栽培場を紹介していただいただけでなく、希少種の実の形などを図鑑で調べてコピーしてくださったことも。 前例がないので慎重に判断すると農林水産省から伝えられていたのに2007年以降発売予定と広告が出てしまったため、プレッシャーも大きかったですし、山をかき分けての野生バラの分布調査も非常に大変でしたが、決して孤独な闘いではありませんでした。 サントリー以外の方々も青いバラプロジェクトを応援してくださっているのが伝わってきて、心強かったです。 03 広報発表の後、国からの認可取得と生産体制を整え、5年かかって販売にこぎつけました。 販売開始から数年経てもなお、いまだに取材の申し込みや講演依頼があります。 ありがたいことですが、私は「終わったことは終わったこと。 次を見据えなくてはいけない」と考えていました。 販売開始以降、お客様からのお声をたくさん頂いています。 「見たこともない青い色」と言っていただけることもあれば、「青ではなく紫」、「もっと青いバラを作ってください」というご意見もありました。 香りについておほめの言葉をいただくこともあるのですが、色を作る経路と香りの生合成経路は全く別。 遺伝子組換えで変わったのは色だけで、香りや形は元のバラのものなので、香りをほめられると少々複雑です。 小中学生のお子さんからもたくさんの手紙をいただきました。 青いバラが科学に関心を持つきっかけになれば、研究者として非常に嬉しいことだと思っています。 私自身、小学生の頃から植物に限らず生きもの全般が大好きで、動物図鑑などをよく見ていました。 バクテリオファージと月着陸船が似ていることに気づいた時には、本当に感動したものです。 よく「誰もやっていないことを手探りしながら研究していくのは大変でしょう」と言われることが多いのですが、研究というのは基本的に前人未到の地を行くべきもの。 「できない理由などない」と信じて、新たなアイデアや違う研究で学んだことを応用し、できることからやっていけば道は開けると思っています。 02 このプロジェクトに携われて最も嬉しかったのは、実験の成果が出たときよりも青いバラ開発成功の発表以後、一般のお客様から、こちらが励まされるような温かい声をたくさんいただいた時でした。 80代の女性から「長生きした甲斐がありました」というお手紙と共に、青いバラをモチーフにした手作りの刺繍を贈っていただいたことも。 見ず知らずの私たちのために一針一針縫ってくださった姿を思うだけで涙が出ます。 花に興味がない人にとっては、バラが青かろうが赤かろうがどうでもいい話かもしれません。 それなのに、青いバラの誕生を「希望」とか「夢」とか言ってくれる方がこれほどたくさんいるとは。 この仕事を続けてきてよかったと心底感じました。 研究所のメンバーは皆、果たしてこれがお客様にどう捉えられるのか、どれほどの価値を持っているのか、常に自問自答しています。 研究者は、普段お客様と接点がありません。 いわば、お客様から一番遠いところにいる仕事です。 にもかかわらず、こういう声を届けていただけるのは、研究を生業にしている者にとっては、この上ない喜びです。 おそらく、なかなか実現できなかったことも背景にあるのでしょう。 苦労に苦労を重ねてできたアプローズと、お客様一人ひとりの想いが重なったからこそ、多くの方が青いバラを特別なものだと共感してくださった。 その気持ちに応えるべく、これからも青さに磨きをかけていきたいと考えています。

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